3,4ヶ月前から私が関心を寄せている事があります。
それは“ノマドという働き方”について。
私がなぜ「ノマド」に関心を持ったかというと、別に会社に縛られるのが嫌だとか、カフェで美味しいコーヒーを飲みながら仕事をしたいからではなく、体調不良(甲状腺の病気による疲労)に加えて、去年の暮れから膝が痛くなり、満員電車で片道2時間弱の通勤を含めた会社勤めが年々辛くなっているからで、場所を選ばず自分のペースで働く事ができるならこんな素晴らしいことはないと思ったからです。
まずは少し「ノマド」についてお話をしたいのですが、実はフリーランスとの違いは未だによく分かりません。ただとにかく個人事務所のようなものは持たず、働く場所にとらわれない、時間にもとらわれない働き方というのが私の理解です。
以下、まじめにまじめに書いていきますが、それではあまりに自分らしくないので、少しだけ今頃になってはまっているエヴァンゲリヲン風味で進めてみます。長くなりますがよろしかったらお付き合いください。
■私には何もないもの。 - 綾波レイの章 -
(私が持っているものは?)
「ノマド」とは仕事のスタイルであって資格ではないので、私も最短で一ヵ月後にはノマドという仕事の形態をとることはできます。(確か、会社の就業規則で退職は一ヶ月前に依願することが決められているので)
しかし問題はノマドとなった自分は一体何をウリに、何を生業として生けばよいのでしょう。
“場所を選ばず、自分のペースで働く”という本当に今すぐにでも飛びつきたい業務形態なのに、いきなり上が見えないほど高く、ハンマーで力任せに殴ってもびくりともしないような分厚い壁にぶち当たってしまいました。門前払いもいいとこです。
ここで私の職歴を書いてみると、短大を卒業してすぐに入った建設業の会社でも、現在働いているIT企業でも事務職です。なので残念ながら建設の知識も無ければ、コンピューターの知識もありません。
それならいったい私には何があるの? と考えてみたら…
・配属が情報セキュリティに関する部署なので、それについての極々僅かな知識
・とても中途半端なExcelの知識
思いついたのはたったこれだけでした。
# 年齢だけならとっくにベテラン社員になっているのに、身についたものはたったこれだけ?
# たったこれだけで、私、会社で一日何やってるんだろう。
と、かなり愕然…。
そして、いやいやまさかそんなことは…と、そこから更に考えに考えて思い浮かんだのが、「葛城さん(仮名)はしょっちゅう、申請書の書き方を間違えてはやり直しになっているから、予め二度手間にならないよに○○しておこうかな。」なんていう知識というより気遣の範疇だったりとか。
いえ、事務職にとっては(大きく考えれば職種に限らず誰だって気遣いは必要ですが)こういったことも大切な仕事であり、気遣いで二度手間が防げるならば相手も自分にもメリットがあるわけで、これも会社であれば評価、成果のうちに入るんです。
でも“気遣い”という部分だけをクローズアップすると、なんだかとても空しくなってくる…。
(実際の会社での仕事量は、7000名からの従業員のセキュリティに関する仕事を10名程度で行っているので、申請書の承認やら教育の準備やら何やらと仕事の量は膨大で一日はあっという間にすぎていくのですが)
これではいくら暢気な私でも“今の自分”がノマドという仕事のスタイルをとっても、今と同じだけの収入を得るどころか、かつて行っていた副収入(新作ゲームの紹介文書き。年収で30万くらい)すら超えられる気がしない、どう考えても収入は0円です。これでは税金も払えません。
だって…「私には何もないもの。」
まさかエヴァンゲリヲンにでてくる綾波レイさんの名台詞が、文字通りの意味で自分にぴったり当てはまるとは…。
私にはもう今の仕事をこのまま粛々と続けるしか道はないの? 変わることはできないの?
■私一人じゃ何もできなかった。 - 式波・アスカ・ラングレーの章 -
(自分を整理してわかったこと)
先に書いたように、私は会社員が嫌だからノマドに関心を寄せているわけではありません。
もし健康を害することが無かったら、私は一会社員の立場で定年を向かえ、僅かな貯金と退職金、年金で余生を楽しく過ごせればそれで十分幸せだと考える人でした。
もしかしたら、40代、50代のうちに大病や事故で人生が終わるかもしれないと想像したことはあっても、中途半端な体調不良で会社勤めが辛くなるなんて考えもしなかった。
ただそれでも現在の体調になって、3,4ヶ月前に「ノマド」という言葉に出会ったからこそ自分の仕事についてあれこれと考える事はできました。
数ヶ月単位で悶々と自分のことを考えたのは初めてのことだったし、自分を整理し、とりあえず現状打破を目指そうと気合を入れ直すきっかけになったんです。
そしてその結論として“今の自分”では会社から飛び出しても税金すら払えない、ということに心底納得ができました。
でもだからといってこの結論は「現状維持でがんばろう」という意味ではありません。
“今の自分”にノマドは無理と理解できたけれど、またこれから先の自分が同じ問題で悩んだり考え込んだりしたときのために、今から何かしておこうって決めたんです。
のんびりのほほんと生きてきた私ですが、一生に一度くらい「A.T.フィールド全開!」って思うくらい頑張ってみてもいいのかなぁって。
■これでいくか…にゃ! - 真希波・マリ・イラストリアスの章 -
(この先の自分のために)
というわけで、私、勉強することにしました。
なんて書くと立派すぎるので平たく言いなおすと、もっと色んなことに興味を持ってみようと思ったのです。
対象はなんでも良いと考えてます。
例えば今現在の中途半端なExcelの知識を一歩スキルアップしてみる。
情報セキュリティのことなんかも然り。
遊びや趣味の関することだって新しいことを知ればそれをきっかけにまったく別のことで閃いたり、気づいたりする事があるとだろうし、これだ!と思うことに巡り合う可能性だってあると思う。
そしてなにより小さな知識が貯まっていけば、塵も積もれば何とやらで今の自分よりは一歩でも進んだ自分にきっとなれる…ハズ!
そういえば、ゲームの紹介文を書くという副業みたいなものを抱えていた当時、同じくその作業をしていた人たちでコラムを書くというチャンスが巡ってきたことがありました。結局、何度も何度も突っ返されたあげく、依頼先の事情でその企画自体没ってしまったけれど、当時もっと学生時代に勉強していれば、それこそ因数分解とかぜんぜん関係無いことだって勉強していればずっとずっとマシな文章が書けたんじゃないかと本気で後悔したことを今でも忘れることができません。
またその時と同じ後悔はしたくないし、来年、再来年、10年後、20年後に同じ悩みに直面した時、今の自分と同じ状況で「私には何もないもの」と嘆く事だけは絶対にするのはやめようって思ったのです。
■笑えばいいと思うよ。 - 碇シンジの章 -
(おまけ)
もしこうやっていろんなことを知りながら年齢を重ねていったら、いったいどんなおばあちゃんになるんだろう? そんな風に考えたら、楽しくないですか?
それこそ定年後の気楽な立場になった時に、ノマド的な働き方を今以上に真剣に模索してたりして。
現実は厳しいですけど、また今回みたいに色々考えあぐねた時に自分の手持ちの札(経験や寄せ集めた知識)を並べてみるんです。パッと見、当たり前のことだったり、つまらなかったり、くだらないことばかりなんだけど、この札とあの札の抱き合わせれば面白いんじゃないか?なんて考えてみたり…。
そしてそれが結局なんの役にもたたなくても後悔せずにすむんじゃないかしら。失敗したけど面白かったなって。
どうして私っていつまでたっても思うように上手く進めないんだろう? どうしたらいいの? もう、どんな顔をしたらいいか分からないよ…
みたいなことになっても、「笑えばいいと思うよ」ってあっさり思える気がするのです。
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